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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)227号 判決 1990年9月06日

東京都文京区弥生二丁目四番四号

原告

ミヤコスポーツ 株式会社

右代表者代表取締役

小森秀夫

右訴訟代理人弁護士

松田喬

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

植松敏

右指定代理人

通商産業事務官 栗原晴一

後藤晴男

土屋治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和五二年審判第一〇二〇八号事件について平成元年八月一七日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」

二  被告

主文第一、二項同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四八年一月二〇日、欧文字を一連に横書した「EXPERT」なる商標(以下「本願商標」という)について、指定商品を、第二四類「運動具、その他本類に属する商品」として商標登録出願(昭和四八年商標登録願第一一八三八号)をしたが、昭和五二年五月二五日拒絶査定を受けたので、同年八月一日審判を請求し、同年審判第一〇二〇八号事件として審理され、昭和五七年七月二四日出願公告(昭和五七年商標出願公告)されたが、登録異議の申立てがあり、平成元年八月一七日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年一〇月五日原告に送達された。

二  審決の理由の要点

1  本願商標の構成、指定商品及び商標登録出願日は前項記載のとおりである。

2  そこで検討するに、本願商標は「EXPERT」の文字を書してなるものであるところ、該文字は「熟練者、専門家」等の意味合いを有し、スキー用具を取り扱う業界においては、熟練者用スキーを、エキスパート用、又は、エキスパート用スキーと称し、使用されていることは登録異議申立人の提出にかかる証拠(本訴訟における乙第五号証の一ないし乙第九号証の六)によつて認め得るところである。そうとすれば、「EXPERT」の文字よりなる本願商標が、商品「スキー」に使用された場合、取引者・需要者は、前記事実よりして、単にその商品の品質、用途を表示するための文字と理解し、自他商品識別標識としての機能を果たす文字とは認識し得ないものと判断するのが相当である。

してみれば、本願商標をその指定商品中の「熟練者用スキー」に使用するときは、単に商品の品質、用途を表示するにすぎず、また、前記以外の商品に使用するときは、商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあるものと認められる。

3  したがつて、本願商標は、商標法第三条第一項第三号、第四条第一項第一六号に該当し、登録することができない。

三  審決の取消事由

審決は、本願商標は、指定商品である「スキー」に使用された場合、単にその商品の品質、用途を表示するための文字であると理解されるものであるから、商標法第三条第一項第三号、第四条第一項第一六号に該当し、登録することができないと誤つて認定、判断したものであるから、違法であつて、取り消されるべきである。

すなわち、審決は、本願商標を商標特有の目的と価値と妥当性とに徴して観ることなく、これを社会生活における会話上の用語として措定し、かかる誤つた立場において自他商品識別機能の有無を判断しているが、会話的用語である「エキスパート用スキー」における「エキスパート」と商標たる「エキスパート(=EXPERT)」とは用語に対する観念が根底的に相違するものであり、社会生活上全く区別し得るものである。右会話用語における「エキスパート」は「用スキー」の述語がなければ「エキスパート」の語は無内容に帰するもので、いきなり「エキスパート」の発言をしてもそれは成立しない用語であり、それ自体思想上の概念を構成するものではない。これに対し、本願商標たる「EXPERT」は、それ自体ある社会的観念を有するものであり、人はこれを認識、把握することによつて、自他商品の識別をなし得るのである。したがつて、「エキスパート用スキー」という会話的用語のあることをもつて、本願商標がスキーの品質、用途を表示するための文字であると理解されることはないのである。

第三  請求の原因に対する被告の認否及び反論

一  請求の原因一及び二の事実は認める。

二  同三は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

本願商標を構成する「EXPERT」の文字は、「熟練者、専門家」の意味を有する英語として一般に広く親しまれ、使用されている。また、その字音表示である「エキスパート」の片仮名文字は、「EXPERT」に由来する外来語として一般に使用されているものである。そして、スキーを取扱う業界においては、スキーの熟練者、専門家が專ら使用するスキーが取引され、このスキーを表示するものとして「EXPERT」、「エキスパート」、「エキスパート用」等の文字が普通に使用されているのが実状である。

そうすると、本願商標が本願指定商品に含まれていると認められる熟練者用のスキーについて使用されたとき、取引者・需要者は、これをそのスキーが熟練者用のものであること、すなわち、その用途を表示したものと理解するに止まるとみるのが相当である。

また、本願商標が本願指定商品中の熟練者用スキー以外の商品について使用されたときは、その品質、用途について誤認を生じさせるおそれがあるといわなければならない。

したがつて、本願商標は商標法第三条第一項第三号、第四条第一項第一六号に該当するとした審決の認定、判断に誤りはない。

第四  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び同二(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否たついて判断する。

本願商標を構成する「EXPERT」の文字は、「熟練者、専門家」等の意味を有する英語であり、また、「エキスパート」は右英語を片仮名文字で表わした外来語として、ともに一般世人に理解され、使用されていることは格別の証拠をまつまでもなく明らかである。

そして、弁論の全趣旨から真正に成立したと認められる乙第五号証の一ないし乙第一一号証の二三によれば、スキー用具を取扱う業界においては、初級者用、中級者用、あるいは競技用、ジヤンプ用等の種々の用途に別れたスキーの一種として熟練者、専門家が専ら使用するためのスキーも取引されており、この熟練者用スキーであることを表示するために「エキスパート用」、「エキスパート」あるいは「EXPERT」等の文字が一般に使用されていることが認められる。

そうすると、本願商標が指定商品中の熟練者用のスキーに使用された場合、取引者・需要者は、これをその品質、用途を示したものであると理解するに止まり、また、本願商標が熟練者用以外のスキーに使用された場合、取引者・需要者は、その商品の品質について誤認を生ずるおそれがあると認められる。

してみると、本願商標は、商標法第三条第一項第三号、同第四条第一項第一六号に該当するものであるといわざるを得ない。

原告は、会話的な「エキスパート用スキー」における「エキスパート」と商標たる「エキスパート(=EXPERT)」とは用語に対する観念が根底的に相違し、両者は区別し得るものであるから、本願商標は単に商品の品質、用途を表示するための文字であると理解されることはない旨主張する。

しかしながら、熟練者用スキーを「エキスパート用」と称し、使用している場合、「EXPERT」の文字をスキーに付して使用すれば、取引者・需要者は、それが商品の品質、用途を表示したものであると理解するであろうことは前記判示したとおりであつて、原告の右主張は採用し得ない。

以上のとおりであるから、本願商標は、商標法第三条第一項第三号、同第四条第一項第一六号に該当し、登録をすることができないとした審決の認定、判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法はない。

三  よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 竹田稔 裁判官 岩田嘉彦)

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